【訃報】“真空飛び膝蹴り”「キックの鬼」沢村忠さん死去…78歳、死因はがん
1: 少考さん ★ 2021/04/01(木) 05:32:04.45 ID:V+PHLg6i9
https://news.yahoo.co.jp/articles/b562d58a648145dbf7d8ab4f61dea10aa451e26c
https://hochi.news/articles/20210331-OHT1T50334.html
4/1(木) 4:00配信
昭和の巨星が旅立った。親族によると、沢村さんは26日午後4時18分に千葉県内の病院で家族や近親者にみとられて死去した。葬儀は30日に親族と近親者だけで行われ、千葉・市川市内の斎場でだびに付された。ひつぎには「キックの鬼」らしく、背中に般若の顔が描かれたガウンなど、現役時代の愛用品が納められた。
沢村さんは昨夏に血たんが出るなど体調を崩し、検査したところ、4~6センチ大の腫瘍が見つかった。しかし、がんが骨まで転移していたため、手術は選択せず、放射線などの治療を行い、回復に努めてきたという。
沢村さんは日大芸術学部時代に、最も実戦に近いとされる伝統派の剛柔流空手で60戦無敗の成績を打ち立て、後に「キックボクシング」の名称を考案した故・野口修氏に誘われ転向。1966年4月の日本キックボクシング協会(当時)の旗揚げ戦で「沢村忠」のリングネームでデビューした。
代名詞の「真空飛び膝蹴り」や前蹴りなどで、232勝のうち228のKO勝利を量産。トレードマークの口ひげや、カミソリのごとく鋭い蹴り技で強烈なインパクトを与え、黎明(れいめい)期の日本格闘技界にスポットライトを当てた。
70年には半生を描いたアニメ「キックの鬼」(TBS系で全26話、原作・梶原一騎)は、視聴率が毎回30%を超える番組になり、人気に拍車をかけた。73年にはプロ野球3冠王の王貞治らを抑え、「第6回日本プロスポーツ大賞」に輝くなどスポーツ界を代表するスーパースターとなった。
1977年10月の現役引退後は自動車整備士の資格を取得し、都内で整備工場を経営した。プロ競技には関わらず、神奈川・横須賀市内の道場で子供たちにキックボクシングを教え、競技普及に尽力してきた。親族の男性は「とても温かい人で何よりも曲がったことが嫌いで、『一意専心(一つの事柄に心を集中する意味)』という言葉が好きでした。お酒は一滴も飲まず甘党でした。趣味は水彩画でお花の絵を描いたりしていました」と人柄を語った。
(略)
※省略していますので全文はソース元を参照して下さい。